鹿児島の中心やや南で、掃除をする

 鹿児島に帰省していた。9/2から8日なのでちょうど一週間である。

 鹿児島に行ったのは帰省よりも今後の生活のため(偉大なる婉曲表現)で、まあそういう一個人の人生の進退を決めるものはローマと違って一日で片付いてしまうわけで、他の日は基本、家の清掃をしていた。(日記終わり)

鹿児島県民はどこから撮った桜島かをピタリと当てることができる

桜島の写真


 高校までは区立小中、都立高校と駒を進めてきたが、そこで夏休みは鹿児島に帰省すると言えば、祖父母が鹿児島に住んでいてそこに行くのだなと自分の意図の通り捉えられていたが、大學以後は帰省するというと、親に会いに行くのかとか、鹿児島出身者かのように捉えられてしまい、正しく伝わらないことが増えた。

 祖父母は鹿児島に住んでいて親は鹿児島で育ったものの転勤によって福岡、東京と移り住み、自分はと言えば産まれたときから東京で育って、いや産まれたのは鹿児島愛育病院でそれは出産に伴い母が帰省したからでネ、とわざわざ毎回説明をするのも七面倒臭い。大學に入ってから多分7回以上はこの話をそれぞれ別の機会にしている。当人当人は初耳なのだろうけど話す身としては以前にも話した話題であり、僕自身は別の人に話したことでも同じ話をあまり繰り返し話したくないタチである。別に友達と話すのが嫌いというわけではなく、初対面~あんま仲良くない間柄くらいの人間と話すのが至極面倒なのだ。

 口を開ける労力を減らすためにウェブに経歴を載せて、尋ねられたらここを参照してくれと教えて自分で説明する面倒くささを省こうと試みていたのだが、そもそもカンバセーション・コミュニケートにおいては私自身の経歴のそれ自体が知りたい場合よりも会話をこなしていくことで会話をこなすことができる人間だと認知させることが重要である場合が多くて、話の流れで鹿児島出身なの? と聞かれて「いやそうじゃないんだけど話すのが面倒だからweb参照して栗」なんて言おうものならコミュ障とかいう次元を天元突破して、できる限り人生におけるカンバセーションを減らそうと試みる会話版ヴィーガンみたいな印象を与え、多くの場合この受け答えをしてしまうとチミと話すのは面倒くさいのでおじゃると言っているのと同様で(事実面倒なのだが)現状誰からも同意を得られずいろいろ支障をきたしてしまうわけで、話すのは面倒だが話さないわけにもいかないのだな、とwebページを作ってから気がついた。私ってほんとアホ。みなさんもお願いをするときはヴァイオリニストを友達に横取りされないようにしましょうね。

 そういう心を隠しつつ心配りをしつつ人間関係をこなしているので基本見せかけのコミュニケーション能力は高めに見られているらしい。でも自分がやってるのは上辺のコミュニケーションと自認していて、それを世間では実コミュニケーション能力と評価されてる。僕が思うコミュ能力の高さは、話したい人には語らせたり聞き役に徹する機会に徹したり、話さないでもそばにいてだんまりしていてほしいときに黙っててくれるような"察し"てくれる人間だと思っていて、これはまず人間関係、相手の性格を理解するという前提があってのことなので初対面とかでできるコミュ能力とは別物で、やっぱ関係が深くない間柄では上辺のものでしか応答できないのだろうな。

 さて、話がそれてしまったが本題は都立高校までの生徒というのは他県で育った人もいるけど多くは都内(23区内)に住み都内で生まれ育ち、他県育ちも高校時代は都内で暮らすという環境で育っていて、いろんな人間がいても全国から学生が集まる大学に比べれば出自地域に多様性はそんなにないのだなあと思い返したことである。だがたくさん書いてて飽きたので本題は投げっぱなしにする。気が向いたら書こう。多分むかない安藤です。

 僕は帰省する地方があったけど、江東区は代々そこに住んでいるという家庭が多くて三世代で住んでるとか二世帯住宅とかも多かった。それはそれで面倒事もあるだろうけど都内に持ち家がありローンも自分が自立する頃には差し障り無く土地もあるというのはセーフティネットとして機能するハウス(文字通り)があるってことで、辺りを見渡すといろいろチャレンジする機会を与えられている同級生がいるなと感じた。

 大學も大學で、全国規模で集まりはするものの関西はやや薄く、かつある職種の親を持った学生が多い学科だったからその点は多様性に富むわけでもなかった。文学科とか経済学科とかだとしても親の職業が違うって言っても割合サービス業が多いだろうからそもそも親の職業であまり差は生まれてこないと思うのだけれど。人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない社会を目指そうね。

呟いたのか、俺以外のヤツと…